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長野県諏訪高遠 北原家ルーツを探る
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全ての始まりは神社からでした。
お正月にいくと必ずお参りをし、そして、ここの神様は何という神様なんだろう。。そんな疑問を抱くようになり、御祭神の存在をしり、御祭神を深く知るためには古事記に現れる神々の関係を知る必要がありました。
神々を調べていくうちに、恐らく日本という国は、沢山の部族や渡来人が来ていたのではないか、、そして私の祖先は何処に。
お正月にお参りするのであれば、ご先祖様の御祭神に足を運びたいということがきっかけとなり調べはじめました。
祖父からは諏訪氏の末裔だと言われていましたが、残してくれた家系図を元に、様々な角度で調べはじめると、天皇家と諏訪家(大和系と出雲系)はどうやっても相まみえない存在でした。
家系図には清和天皇源氏満快流としての子孫であるように書かれて依田家、手塚家など名を変えて、そして諏訪になり現在に至る。。この流れにどうしても納得ができず、まずは、分かるところから解明していこうとしたのがこのサイトを立ち上げた理由です
そんな知的探求心と私のライフワークをこちらのサイトでお見せしたいと思います。是非いろいろなご意見を頂戴できればと思います。
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北原家を探る弾丸ツアー
休日を利用して、ルーツを探る旅に出ました。向かった先は、北原家ゆかりの地。今回の旅で最も実り多かったのは、弘妙寺(ぐみょうじ)というお寺を訪ね、貴重なお話を伺えたことでした。 こちらのお寺はゴルフのご利益があると言うお寺でも有名です。ぜひゴルフをされる方はこちらへお尋ねください! さてお寺に到着してまず目を引いたのは、少しばかり物々しい光景でした。鹿が頻繁に姿を現すようで、周囲には鹿よけの電流が流れる鉄線が張り巡らされておりました。 大きな立派なお寺でした。 午後1時。事前にお約束していた時間になり、私は勝手口に立って声をかけました。 「1時にご予約させていただきました、北原です」 すると、中から思いがけない言葉が返ってきました。 「どちらの北原さんですか?」 私は一瞬、戸惑ってしまいました。約束していたはずなのに、なぜそんなことを聞かれるのだろうと。しかし、その謎はすぐに解けました。なんと、このお寺を菩提寺とする檀家さんは「北原さん」ばかりなのだそうです。あまりの数の多さに、その質問にも深く納得してしまいました。 無事にご挨拶を済ませると、お寺
5 日前読了時間: 2分


北条時行の子孫という考察
高遠北原の本家の菩提寺(弘妙寺)には北条権頭時方が北原を名乗ったという記録がある <記録> 初代北條權頭時方ヨリ六代孫 (初代・北条権守時方から数えて6代目の子孫である) 北原清四郎重政 拝戴之 (北原清四郎重政が、これ[前の項に記された御真筆]を謹んで授かり受けた。) 仍條姓二代權藏氏方北原ト改 (これに因り、北条姓の2代目であった権蔵氏方の時に、苗字を「北原」と改めた。) 以後代々所持之 (それ以後、代々にわたってこれを所持している。) 仮に北条時行と北条権頭時方が同じ人物だと仮定しよう。 鶴岡社務記録の記録からは1353年、北条時行は20代半ばで処刑されたとある。 北条権頭時方は菩提寺(弘妙寺)の過去帳によると、康安(1361年)元年九月十一日 北条権頭時方 (氏子権頭と改む) 七五才に亡くっていると記している。1353年に処刑された年が25歳前後だとするとその8年後、つまり1361年は33歳のはずた。北条権頭時方へ75才で没。40歳ほどのズレはどのように解釈をしたら良いのか、今後の検討する必要がある。 まずは弘妙寺と日蓮総本山、久遠寺に行
6月25日読了時間: 1分


足利直義という人物の考察
兄・足利尊氏と実の兄弟でありながら、日本を二分する凄惨な権力闘争「観応の擾乱(かんのうのじょうらん)」で激しく戦うことになった足利直義(ただよし)。 彼がいったい何を思い、どのような人物だったのか。北条時行や諏訪直頼とも関係が深かったとされ、歴史の波に翻弄された彼の内面を探る中、ある1冊の非常に興味深い本と巡り合いました。それが、彼自身の言葉が詰まった『夢中問答集(むちゅうもんどうしゅう)』です。 伝説の高僧「夢窓疎石」とは? この本は、足利直義と、当時の最高峰の禅僧・夢窓疎石(むそう そせき)との一問一答をまとめたものです。 夢窓疎石は、後醍醐天皇から「夢窓国師」という国師号を与えられ、後に歴代7人の天皇から国師号を授与されたため「七朝帝師(しちちょうていし)」と称された伝説的な高僧です。激動の時代を精神的支柱として生き抜き、正平6年/観応2年(1351年)に77歳でこの世を去りました。 「父と子」のような年齢差が紡ぐ関係性 この『夢中問答集』や当時の歴史的背景を読み解く上で、ハッとさせられるのは彼らの 「年齢差」です。 直義が疎石に教えを請
5月4日読了時間: 7分


北原家の二つの家紋が語る
序 家紋という一次史料 歴史の証言は、文字だけが担うわけではない。 伊那市高遠町藤沢の弘妙寺(ぐみょうじ)の墓所に、二つの家紋が刻まれている。 「三つ鱗(みつうろこ)」と「丸に二つ引き(まるにふたつびき)」。 これは北原家の家紋である〔注1〕。 「三つ鱗」は北条氏の象徴として広く知られる。「丸に二つ引き(二つ引両)」は足利氏の代表的な家紋である。本来、北条と足利は鎌倉幕府滅亡をめぐる仇敵の関係にある。その両氏の紋を、なぜ一つの家が持つのか。 この問いに答えるとき、十四世紀中葉の信濃国・伊那谷で起きた出来事が、唯一の合理的な文脈として浮かび上がる。 二つの家紋は、北原家の来歴を語る、墓石に刻まれた一次史料である。 〔注1〕弘妙寺(伊那市高遠町藤沢)における北原家の家紋「三つ鱗」および「丸に二つ引き」については、管理者による現地調査にて直接確認。北原家所蔵の非公開資料にも「北条権頭時方」に関連する記述が存在する(後述) 第一章 鎌倉が終わった日 元弘3年(1333年)5月、鎌倉が陥落した。 新田義貞の軍勢が稲村ヶ崎から市中に入ったとき、北条高時以下の
4月12日読了時間: 10分


高遠 北原への訪問
諏訪大社へ御礼参りの帰り、高遠の桜と高遠歴史博物館をみてから長野県伊那市高遠町藤澤北原にある、北原公民館に寄らせて頂きました。公民館にお声を掛けさせて頂いたところ、偶然にも北原さんが本日集まるということで、突然の訪問にも関わらず、北原の皆様にいろいろお伺いお会いできたこと本当に良かったです。 高遠歴史博物館でも北原がこの地に深く根付いていたのが良くわかりました。 高遠城周辺 北原の皆様より貴重な資料も拝見でき、これからのライフワークに弾みがつきました。 頂いた資料は本当に貴重なもので、こちらには掲載できないのが残念ですが、今までの 歴史背景の仮説 は大きなズレはなかったです。ですが、 出発地点が違う可能性 が出て参りました。 このブログを始めてから 今まで諏訪氏からの出発点が北条氏から出発になる可能性 があるという驚きの情報がありました。 このあたりの情報について深く掘り下げる必要があり、日蓮宗久遠寺と以前こちらのブログで書かせて頂きました、中先代の乱の著者、中世史研究者の 鈴木由美様 にお会いすることでまた進展があるように思います。 また新しく
4月2日読了時間: 1分


北原家系図
こちらの家系図は、長野県飯田市上片桐の北原家系図になります。高遠北原本家の家系図はまだ見たことがないので、直接本家にお伺いして拝見できることを祈ります
2025年7月1日読了時間: 1分


甲信美名鑑の考察
甲信美名鑑とういう書物への確信性はどの程度のものか はっきりしないところもありますが、事実としてあることから考察してみます。 1)長野県松川にある北原家のすぐそばに富士浅間神社がある 2)家系図には富士浅間神社を600年前ごろに建立したとの記述がある...
2025年4月26日読了時間: 3分


(番外編)諏訪大社
諏訪大社上社本宮へ以前お参りに行った時に近くに丸に二の字の家紋があるお店(石栁北原)さんに隣接した喫茶店に寄ろうとしたところお休みでした。 喫茶店の名前は茶庭亀石さんです。 https://oniwa.garden/kameishi-茶庭亀石/ 水、木が定休日...
2023年12月24日読了時間: 1分


浅間神社
飯田市松川町 本家のそばにある神社に竹がたくさん生えてくるので夏休みを利用し伐採をしてきました。 この浅間神社は、ご先祖さま(北原源四郎 娘)が西暦1500年前後に富士浅間神社から分社してもらったと伝えられております。 大切な神社でので、まずは綺麗にしないと...
2023年9月3日読了時間: 1分


御射山神社(下伊那郡松川町)
先日、本家に立ち寄った時に50年前の資料が出てきたのでこちらに掲載しようと思います。 2つ前のブログで石碑の写真を掲載しましたが、50年後は草木が周りに生え石が想像以上に劣化し文字が見えなくなってしまうというこがわかりました。 50年前の御柱祭 御射山神社
2023年6月7日読了時間: 1分


家系図の元になっている資料
先日、本家に行った際に、家系図の元になっている資料がどこにあるか探していたところ、見つかりました。 ノートには、何度も修正や調べた結果を上書きしている形跡があり、そこのメモに『甲信美名鑑』という書物と過去帳が家系図の大きな柱になっていることが分かりました。 『甲信美名鑑』...
2023年5月3日読了時間: 2分


過去帳
北原家(中原)分家の過去帳は、長野県飯田市松川町にの瑞応寺と言う寺にあります。 先日、本家に行く用事があり、その途中瑞応寺と御射山神社(みさやまじんじゃ)に寄らせて頂きました。 瑞応寺 桜がとってもきれいでした。お寺も立派です!...
2023年4月25日読了時間: 1分


感謝とパズル
先日、ご高明でいらっしゃる 中世内乱研究会総裁 細川様 中世内乱研究会 会長鈴木様 お二方に会いできました。 北原家のルーツの仮説と経緯をお話しさせて頂いたところ、とても、快くお話し聞いて頂き、感謝しかありません。 もちろん専門家でいらっしゃるので、膨大な知識と資料をお待ち...
2023年4月1日読了時間: 1分


ユダヤの埴輪
神宮千葉県にある芝山古墳から発掘された埴輪資料館(千葉県芝山町)にようやく拝観ができました。 大人200円 とても良心的なお値段です。 詳しくはこちら 埴輪をみた時の第一印象は、思ったより大きい でした。 日本人には全く見えない風貌ですが、それよりも気になったのが埴輪が靴ら...
2022年11月6日読了時間: 2分


建御名方神(タケミナカタ)と諏訪大社
先日、有名な著者である方とお会いでき、そのときの話題ででてきたこと 諏訪大社のルーツの話でした。 諏訪大社には、元諏訪社というものが存在し、名前は多祁御奈刀弥神社 (たけみなとみじんじゃ)徳島県名西郡石井町に鎮座していることをしりました。 ご祭神はもちろん 建御名方命...
2022年10月17日読了時間: 1分


サイト開設記念。
鎌倉時代から室町時代にかけての情報がとても増えており、とても感謝しております。 特に 中先代の乱 -鈴木由美 著|新書 - 中央公論新社 逃げ上手の若君 松井優征 集英社 こちらの二つの書の影響は大きく、私のライフワークを進展するにあたり...
2022年7月18日読了時間: 1分
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