北条時行の子孫という考察
- 北原
- 6月25日
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高遠北原の本家の菩提寺(弘妙寺)には北条権頭時方が北原を名乗ったという記録がある
<記録>
初代北條權頭時方ヨリ六代孫
(初代・北条権守時方から数えて6代目の子孫である)
北原清四郎重政 拝戴之
(北原清四郎重政が、これ[前の項に記された御真筆]を謹んで授かり受けた。)
仍條姓二代權藏氏方北原ト改
(これに因り、北条姓の2代目であった権蔵氏方の時に、苗字を「北原」と改めた。)
以後代々所持之
(それ以後、代々にわたってこれを所持している。)
仮に北条時行と北条権頭時方が同じ人物だと仮定しよう。
鶴岡社務記録の記録からは1353年、北条時行は20代半ばで処刑されたとある。
北条権頭時方は菩提寺(弘妙寺)の過去帳によると、康安(1361年)元年九月十一日 北条権頭時方
(氏子権頭と改む) 七五才に亡くっていると記している。1353年に処刑された年が25歳前後だとするとその8年後、つまり1361年は33歳のはずた。北条権頭時方へ75才で没。40歳ほどのズレはどのように解釈をしたら良いのか、今後の検討する必要がある。
まずは弘妙寺と日蓮総本山、久遠寺に行く必要がありそうだ。




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